「国旗損壊罪」法案に反対

日の丸を破ったり汚したり燃やしたりすることを罰する「国旗損壊罪」法案が衆議院を通ってしまって、いま参議院で審議している。すごくこわいのに、ほとんど何もできていなくてやきもきしている。

他人のものを壊すことは、すでに器物損壊罪の対象だから、国旗損壊罪の対象は、言論、表現それ自体だ。国家に対抗する言論、表現は、表現の自由の根っこなのだから、この法案は、私たちの言論、表現そのものを攻撃している。

警察、検察、裁判所はこれまでも、器物損壊、建造物侵入、威力業務妨害などを使って、日の丸を燃やす人を弾圧してきた(1987沖縄国体、2019靖国)。つまり論点は、これまで安心して実行できた行為が、はじめて弾圧の対象になるということでは、たぶんない。一番こわいのは、表現の自由への攻撃が、実定法の条文に書き込まれて、正しいものとされる、ということ。もちろんそれによって、弾圧の程度がはなはだしくなるということも、十分にあるだろうと思う。

ホラー

映画『ミッドサマー』を見てからホラーブーム。

映画『ミッドサマー』(2018)

ホルガのリアリティがすごかった。呼吸法、感情を同期するところ、拍手のかわりに手をひらひらする仕草。自然礼賛は、映画の中では右翼民族主義(フェルキッシュ!)に接合しているのだけど、もちろん左翼の中にもある。それ自体がやばいわけではないけれど、やばくなり得る、というヒリヒリ感があった。

うまいな、と思ったのは、ダニーがペレに「コミューンcommuneの出身だって聞いたよ」とたずねたのに対して、ペレが「そう、小さなコミュニティcommunityで育ったんだ」みたいに返すところ。

映画『ウィッチ』(2015)

魔女狩りの歴史を女性の解放に読み替える、という文脈だと思うのだけど、どうなんだろう。実際の暴力をなかったことにしてしまう感じがして、ちょっともやもやする。

マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』(訳書2023, 原著2009)

不思議で悲しい短編集で、そんなにこわくはない。こわいのは表題作と、「どこにあるの、心臓」だけど、どちらもあまりホラー的ではない。

「戻ってくる子供たち」、「悲しみの大通り」、「わたしたちが死者と話していたとき」と、消えてしまった人たち、行ってしまった人たちを書いた作品が印象的だった。実は去ってしまったのではなくて、ずっと引っかかり続けている、という感覚が共通している。