技術イベントのアクセシビリティを改善する (Organizing More Accessible Tech Events)

本記事は、Model View Cultureに掲載されたLacey Williams Henschelの記事「技術イベントのアクセシビリティを改善する (Organizing More Accessible Tech Events)」の日本語訳です。この記事では、すべての人にとってアクセス可能な技術イベントを開催するために何をすればよいか、様々な観点から語られています。訳出を快諾していただいた著者、およびサイト運営者に感謝します。Thank you, Lacey and Shanley.

この記事を訳出した理由は、なかば個人的なものです。僕は日本Javaユーザーグループ (JJUG)の幹事として運営にかかわっています。JJUGのイベントは、参加者の数・多様性ともに年々拡大しています。それにともなって、主催者としてアクセシビリティを確保する責任も大きくなっているのですが、どうしても場当たり的な対応が多いきらいがありました。この点について、本記事の内容は、しっかりとした視座を持つための基礎になると考えています。もちろん本記事は、JJUGに限らず多くのイベント主催者にとって有益な内容です。

著者のLacey Williams Henschelは、Django Girlsというワークショップの開催にかかわっている方です。今年の7月26日には、東京でもDjango Girlsのワークショップが開催されるそうです。

以下本文です:


テック業界の多様性について考えるときには、人種や性別の多様性が想定される場合が多いようです。一方で、アプリケーション、ウェブサイト、イベントのアクセシビリティ向上について議論することも、同じくらい重要です。このサイト*1に掲載されたLiz Henryの記事「見えないエレベーターを開放する: 技術カンファレンスのアクセシビリティ」では、車椅子を使う人のイベント参加がいかに大変か描写されています。カンファレンスがアクセス可能だと喧伝されている場合でさえ、です。

私自身、Django Girls(女性にプログラムを教える1日制ワークショップ)の開催準備を始めるまでは、技術イベントのアクセシビリティという考えを思いつきさえしませんでした。私がかかわり始めた時点で、主催者マニュアルには、ワークショップをアクセス可能にするための情報が含まれていませんでした。イベントを包摂的*2にするための方法が、私には分からなかったため、セントラルフロリダ大学で障害学*3を教えているStephanie Wheelerにメールでアドバイスを求めました。彼女の返答を受けて、Django Girlsの主催者マニュアルにはアクセシビリティの項目が追加されました。アクセシビリティが優先課題になったことに、Django Girlsのコアチームは喜びました。これにより、各地のワークショップ主催者が会場を予約したり、資材を準備したり、イベントを実施したりするのにあたって、すべての参加者が会場・資材・イベントにアクセスできるようにすることが、優先検討事項になりました。

適切な計画と配慮*4によって、イベントはより多くの人たちに開かれたものとなります。たとえば、障害を持った人、難聴の人、精神疾患を患った人、アレルギーのある人、幼児のいる親、多様な学習スタイルをもった人、などなどです。William Albrightは「聴こえない声を解き放つ」の中でこの点に触れています。

……アクセシビリティの改善には時間がかかりますし、時にはお金も必要です。聴こえない人たちがしかるべき配慮を要求すると、しばしば嫌な顔をされるのはこのためです。多くの人は、余計な時間をかけてまで、少数の人々が「健常者」と同じレベルで製品を享受できるようにはしたがりません。そもそも、そんな考えが思いつきさえしないこともあります。しかしながら、たいていの人は気づいていないことがあります。広範なアクセシビリティは、……お年寄り、障害のある人、障害のない人、その他すべての人が自然にアクセスできる環境への1ステップなのです。たとえば、テレビの字幕はスピーカーから離れて座っている人にも便利です。他にもお年寄りや、難聴とまではいかないまでも聴こえにくい人、番組で使われている言語の聞き取りが不得手な人にとっても有用でしょう。

William Albright, 「聴こえない声を解き放つ」

イベントの文化

優先順位はトップダウンで決まるものです。したがって、イベントの成功にはアクセスが必要不可欠だ、ということを、すべての関係者に明示しましょう。そして、アクセシビリティが重要だというメッセージを送りましょう。具体的には、事前調査を行ったり、あるいは計画会議・予算会議・イベントのアウトライン・目標設定・振り返りなどでこのテーマを取り上げましょう。多様性のある主催者チームを組成しましょう。また、多様性やアクセシビリティに関する、コミュニティ内の専門家に相談しましょう。彼らの考えを聞いて、助言を求め、それに耳を傾けましょう。

情報提供

見込み参加者に対して、主催者としてどのような配慮が可能か、率直に述べるようにしましょう。「配慮が必要な場合はご連絡ください」のような文言をウェブサイト上に載せるのでは不充分です。この文言からは、会場や主催者に対して何を期待して良いのか分からないからです。またこの文言は、参加者に余計な手間を掛けさせますし、責任を参加者に押し付けてしまうものでもあります。

提供できる配慮を具体的にリスト化しましょう。これにより、参加にあたって期待できることが事前に分かります。また、参加の計画を立て、適切な判断を下すことが可能になります。参加者がリストの抜け漏れに気づいた場合、質問がある場合、別種の配慮をはかってほしい場合に備えて、手を差し伸べるようなメッセージを付け加えましょう。また、追加的な配慮の要求が簡単にできるようにしましょう。具体的には、参加登録用フォームにチェックボックスを設けるなどの手段を検討してください。

会場

参加者の助けになれるかどうかは、会場に依存するところが大です。予約の前に会場を下見して、次に挙げる点をチェックしましょう。

  • 会場が、アメリカ障害者法や、それに相当する法律に準拠しているか確かめましょう。アクセシビリティのレベルが想定に達していないのであれば、改善を働きかけるか、ほかの会場を探しましょう。
  • 移動の容易さ: イベントの実施期間中にエスカレーターとエレベーターが使える状態であることを確かめましょう。動かすのに鍵が必要な場合は、あらかじめ鍵を借りておいて、階段を昇り降りできない参加者に渡せるようにしておきましょう。イベント中にエスカレーターとエレベーターを動かすことに消極的な会場もありますが、率直に説得すればたいていの場合は同意してもらえます。会場使用契約の際に、この点を明示することも検討してください。必要であれば、会場の上層部にも話を通しておきましょう。
  • 会場のエレベーターとエスカレーターだけでアクセシビリティが達成されるわけではありません。場外のイベント、会合場所、レストランなども、主会場と同じようにアクセス可能でしょうか?部屋から部屋への移動距離は?部屋は複数のフロア、あるいは複数の建物にまたがっていませんか?そうであったなら、部屋から部屋への移動を案内する標識を出しましょう。考えるべきことは他にもあります。たとえば床の状態は?滑りやすい床だったら、杖の人や新しい靴を履いた人は転んでしまうかもしれません。カーペットがでこぼこしていたら、歩きの人も、杖や車椅子や他の移動補助器具を使う人も、動きまわるのに苦労するでしょう。
  • 青テープ: 歩きの人と移動補助器具を使う人のレーンを分けるために、青テープを貼りましょう。青テープは、セッション部屋や共用スペース中に、車椅子を停める場所を明示するのにも使えます(Liz Henryの助言によります)。
  • 休憩室: セッション部屋と別に、静かな休憩室を用意しましょう。休憩室は複数の用途に使えますし、また使えるようにするべきです。たとえば授乳のため、薬を飲むため、不安障害のある人がしばらく静かな時間を過ごすため、などです。この部屋では、理由にかかわらず休憩が取れるようにしましょう。また、分かりやすい目印を付けて、容易にアクセスできるようにしましょう。
  • サービスアニマル*5: 会場がサービスアニマルを受け入れているか確かめましょう。また、サービスアニマルが利用できる草場があるか確かめましょう。
  • 照明: 会場の照明は参加者が作業できる程度に明るくなければなりません。特に、カンファレンスでは電源コードが張り巡らされるものですから、適切な照明は怪我を避けるためにもなります。
  • 音: 入口近くの部屋は騒がしいので注意が必要です。カンファレンスの場合、部屋の防音性にも注意しましょう。隣の部屋から講演者の声が響いてくると、気が散るものです。
  • アレルギー: 可能であれば、香りの強い洗剤を使っている会場は避けましょう。また、生花がかざられている会場も避けましょう。また、香りに関するポリシーを作って、香水をつけてこないよう参加者に依頼することも検討してください。これはアレルギー、喘息、偏頭痛を患っている人のためです。
  • トイレ: 性別の区別のないトイレが使えるようにするべきです。包摂的なトイレに関するポリシーについては、Lambda Legalの例を見てください。また、州や国の法律にも気を配ってください。腹立たしいことに、いくつかの州はトランスジェンダーの人が希望するトイレを使うことを禁じる法律を通そうとしています。このような法律があるところでは、性別の区別がないトイレを用意して、安全にトイレが使えるようにすることはきわめて重要です。また、トイレは容易にアクセスできるべきです。加えて、手すりがついていて、流しが低く設置されているべきです。

盲目あるいは見えにくい参加者への配慮

全盲の人だけではなく、見えにくい人のためにも、視覚についての配慮が必要です。スクリーンへの投影を見やすくするために、すべての講演者が大きな文字を使うようにしましょう。参加者が手元で参照できる資料を配ることも有用です。具体的には、あらかじめ講演者から資料を受領して、参加者に配れるようにしておくか、あるいは紙資料を用意するよう講演者に依頼しましょう。紙資料の文字は12ポイントから17ポイントで印刷するようにしましょう(Composing AccessTara Woodによる)。スクリーン上のソースコードは誰にとっても読みにくいものです。文字が小さく、行間が詰まっていることが多いからです。したがって、デモの際には文字サイズを極大にするように注意しましょう。すべての資料はWeb AIM Contrast Checkerが通るようにしましょう。記号も充分に大きくし、コントラストをはっきりさせましょう。

見えにくい参加者のため、部屋の前方に席を取っておくようにしましょう。資料中の画像、グラフ、その他の視覚要素については、口頭で説明するよう講演者に依頼しましょう。事前準備のため、講演者にはこのことについて前もって依頼しておきましょう。会場内にボランティアのあいさつ係を配置することも有益です。スタッフやセッション責任者、あるいはボランティアをイベントの入口に配置して、会場の説明をしたり、優先席に座りたい人を案内したりできるようにしましょう。ウェブサイトか事前メールに、会場レイアウト、トイレの場所、座席配置を記載しましょう。

難聴あるいは聴こえにくい人への配慮

難聴あるいは聴こえにくい人を受け入れるにはいくつかの方策があります。講演にライブ字幕をつけるのは優れた方法です。講演者の喋った言葉を、はっきりしたコントラストでスクリーンに表示することで、みんなが読めるようになります。難聴の参加者や、手話を話す講演者のためには、手話通訳者と契約するべきです。Linguabeeのような通訳者仲介サービスは助けになります。アメリカ手話*6の方が役に立つか、字幕の方が役に立つかは、参加者の好みや学習スタイル次第だということを心に留めてください。字幕や手話通訳の用意を参加者に押し付けず、主催者として予算枠を確保しましょう。

講演者には、ゆっくり、はっきりと喋るように依頼しましょう。また、講演のスクリプトか紙資料の用意を依頼しましょう。講演者は、聴衆の方を向いて、口の動きが見えるように喋るべきです。聴覚障害の人は、必ずしもまったく音が聴こえないわけではない、ということに注意しましょう。耳の聴こえにくい人にとって、うるさい部屋で集中するのは難しいことです。以上の指針は、イベントで主に用いられる言語(英語など)を母語にしない人にとっても有益です。

ウェブサイト

ウェブサイトをアクセス可能にしましょう。とりわけ、読み上げソフトが使いやすいようにしましょう。Web Content Accessibility Guidelinesは下記にあげるような目標を示しています。

  • サイト上の画像にはalt属性で代替テキストを用意する。
  • マルチメディアコンテンツには字幕をつける。
  • キーボードで操作できるようにする(ユーザがマウスを使うとは限りません)。
  • フレンドリーで直感的なナビゲーション。
  • テキストははっきりと、読みやすくする(Center for Plain Languageを参照)。

WebAIMはWAVE toolbarというFirefoxとChrome用の拡張を提供しています。WAVE toolbarを使うと、ページのアクセシビリティを検査して、警告を出すことができます。ただし、WAVE toolbarの検査を通過したからといって、人の目で確かめる必要がなくなるわけではありません。実際のユーザとともに、サイトをベータテストしましょう。予算が許すのであれば、アクセシビリティのコンサルタントと契約するのもよい考えです。アクセス可能なサイトやイベントを作り上げための助けになることでしょう。

行動規範

明確で、具体的で、可視化された行動規範は、イベントにかかわるすべての人に安全性と快適性を保証するものです。とりわけ、周縁化されたグループの人々*7にとって、行動規範は重要です。行動規範は、期待する行動を記載して、参加者に遵守を同意してもらうための文書です。行動規範は、「好ましくない行動を具体的に挙げ、違反行為の報告のしかたを詳細に示し、苦情申し立ての処理方法を文書で定義する」*8ものでなければなりません。まだ行動規範を採用していないのであれば、Geek Feminism Wikiに掲載された例が参考になります。

参加者に行動規範の遵守を同意してもらうことは、ハラスメントを未然に、イベント開始前の時点で防ぐのに有益です。ハラスメントが発生してしまった場合は、行動規範に記述されたやり方で処理します。行動規範はイベントだけに限らず、メーリングリスト、掲示板、事前打ち合わせなど、会期前、会期中、会期後、オンライン、オフラインを問わず、実施されるすべてのやりとりに適用されるものです。

出席できない人もアクセス可能なイベント

最近のカンファレンスは、スライドや講演映像を事後に公開するようになってきています。これは、イベントに参加できなかったコミュニティメンバーを包摂するための優れた方法です。イベントを録画するのであれば、オンラインにする前に字幕をつけるか、あるいは文字起こしをつけましょう。WebAIMは、映像資料に字幕や文字起こしをつける利点について、多くのことを述べています。

出席できない人を包摂するため、他の方法も検討しましょう。たとえばDjango Girlsは、今のところワークショップを録画していませんが、チュートリアルを5つの言語で公開しています*9

結論

テック業界のすべての場面で、幅広いアクセシビリティを実現する必要があります。その中で、私たちが開催するイベントは重要な位置を占めています。事前に完璧な計画を立てることは現実的ではありません。しかし、開放的な文化を育むこと、アクセシビリティを優先課題にすること、コミュニティメンバーや参加者に耳を傾けることによって、すべての人にとってより良く、より包摂的な体験がもたらせるようになることでしょう。この記事は全体像のたった一部分を抜き出したものですし、アクセシビリティに関して過去に述べられ、未来に語られるはずの記述のひとつに過ぎません。しかしながら、この記事が読者の皆さんのイベントをより包摂的にして、成功させるための礎となることを、私は願っています。

その他のリソース

Stephanie Wheeler (Ph.D.), Liz Henry, William Albrightの三氏によるこの記事への協力に感謝します。

*1:訳注: Model View Culture

*2:訳注: “inclusive”。

*3:訳注: “disability studies”。

*4:訳注: “accommodation”。この文脈では「便宜」の方がふさわしく思えます。しかしながら、生硬の感があるため、広く使われている「配慮」を訳語とします。

*5:訳注: 盲導犬、聴導犬、盲導馬、介助猿など。

*6:訳注: 日本でのイベントの場合は、おそらく日本手話か国際手話が有力候補でしょう。

*7:訳注: マイノリティ。

*8:訳注: 「コミュニティの行動規範を設計する」からの引用。

*9:訳注: 2015-06-26時点で6言語。日本語はまだリストアップされていませんが、翻訳が進められているようです: DjangoGirlsJapan/tutorialJP

*10:訳注: 話しかけてほしいかどうかを明示するバッジ。当初は自閉症の人たちの間で開発された。